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長野日報新聞「土曜コラム」に掲載中のコラムです。ぜひお読み下さい。

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副業解禁

 

かつてサラリーマンに副業が認められることはほとんどなかった。認められる数少ない例として実家ですでに農業や事業をしていてその手伝いをする程度であった。手伝いならば報酬は小遣い程度かもしれないが、やがて世帯主となれば土日は家業を行い平日は会社に勤務する。

 

既に行われている家業だから仕方なく会社側も認めるが、新たに自ら事業を起こすことはなかなか認められなかった。まして就業後や土日に別の会社に勤務することなどほとんど認められなかった。

 

会社は仕事を通じて得た情報が漏洩することをおそれ、またその会社で得たスキルが他社で活用されるのを嫌ったからである。

かつては定時で帰ることは体調を壊し病院にいく時くらいで日々残業は当たり前であった。更に休日出勤も行われれば他社で働くエネルギーはなく、自由時間があれば身体を休ませたい。

 

ところが最近では大手中小を問わず副業を認める企業が増えてきた。この副業解禁はリーマンショック後各社経営不振に見舞われ派遣切りと同時に操業短縮が行われ、これまでのような仕事量がなく賃金が払えなくなった頃から始まった。

 

会社としては従業員を解雇せずに少ない仕事を皆で分かち合うので、一人当たりの仕事量は減少する。平日も休業するので、そんな日を新たな収入確保に役立てて欲しいことから副業が認められるようになった。

 

さらに働き方改革の一環として残業時間に抑制がかかり、残業手当が少なくなった分を副業で穴埋めするようになった。

会社に拘束されなくなった時間を自己研鑽や家族とのだんらんに充てるはずの残業抑制が、不足する収入を補填するために慣れない仕事に着手せざるを得ないのは皮肉である。

 

副業の種類

 

副業の種類をネットで検索すると数多くの職業が現れる。かつてはアルバイトを中心に空いている時間と興味関心からアルバイトを選択したが、現在はPCもしくはスマホで自宅にいながら出来る職業が数多い。

 

アフィリエイトは自分が書いたコラムに関連する広告を載せ、コラムへの来店者が広告を通じて購入に至れば報酬がもらえる仕組みである。せどりはネットで購入したものをネットで販売し、差額が利益となる。ライティングは専門的や関心のある分野にコメントを載せ報酬を得ている。

 

治験といって新薬の効き目を確認するバイトやFX、株式、不動産など投資といわれるものまで副業として紹介されている。多くの副業は少なくても報酬が得られるが、投資は損失もあるので他の副業よりハードルが高いかもしれない。

 

美術館の監視員は空調の効いた静かな空間で決められた時間過ごせば報酬が貰えるとか、試験監督員では試験用紙を配布し注意事項を説明すれば、後は時間が来るまで室内をブラブラしていれば良いと紹介されていた。

 

副業というとどうしても得られる報酬が気になる。なるべく短時間で大した責任もなく割高報酬が好まれるようだが、同じ場所でジーとして時間を過ごすのは結構辛いバイトである。薄暗い部屋ではつい居眠りをしがちであり、眠いのを我慢して起きているのは正に苦行である。

 

本来その職場の正社員や職員がすべき業務を安い賃金で外部のアルバイトに任せようとしている。それならば副業であるアルバイトで儲けることはかなり難しいと思われる。

副業のスーパースター

二束のわらじを履いて最も印象深い人は「小椋佳」である。東京大学法学部を卒業後日本勧業銀行(現みずほ銀行)に入行しながらシンガー・ソングライターとして活躍する。デビュー当時は覆面歌手として姿を現さなかった。

 

そんな行為と透き通った少年のような声質に話題が集まった。その後数多くの楽曲が布施明、中村雅俊、堀内孝雄、井上陽水、美空ひばりらに提供される。

 

入行したのが1967年、歌手デビューが1971年であるのでモーレツ社員が当たり前の当時銀行が新入社員の自由な振る舞いを良く許したと思うと共に、本人も退職せずに良く音楽活動を続けたと思われる。

 

当時銀行幹部は「大したことはないだろう」とのん気に構え音楽活動を認めたという。やがて「シクラメンのかほり」がレコード大賞を取る頃には銀行内でも処遇が検討され、音楽活動を辞めるよう促されたことも合ったが「歌作りは日記を書くようなもの」といい日記を書くことに銀行としても否定することはしなかった。

 

一般にプロデビューすればこれまでの仕事を辞め音楽活動に専念するのが当たり前と思われるが、銀行には25年ほど勤務し、50歳前で退職している。当時写真雑誌フライディに浜松支店長時代の記事が載っていたのを覚えている。金銭面や楽しさからいったら音楽活動を優先すると思われるが、そうしないところが凡人ではないところだ。

 

さらに銀行退職後すぐに音楽活動に専念かと思いきや改めて東京大学で政治、思想を学部や大学院で6年間勉強している。これは当初法学を学びたくて法学部に入ったのではなく、偏差値が高く周りの勧めから選択したらしい。

本来学びたかったのは政治、思想、哲学だったので、改めて学び直したということである。並みの人にはできない二束のわらじを上手に履きこなしている。凡人ではないから歌詞の中に難しい表現も多い。

 

本来の副業

 

一つの会社で一つの仕事を長年続ければ付き合う人は限られ視野が狭くなってしまう。会社を通じて知り合った仲間たちは定年を迎えると同時に失う。居住する地域の仲間とは思考回路が違うのか容易に馴染めない。

 

例えば地域の公民館で居住者同士の活性化を図ろうと考えた際、長年会社で過ごした人はあるべき姿と現状のギャップを段階的に埋めていこうとロードマップを作成する。さらに実行プログラムに沿って進捗度合いを確認する。

 

企業内では当然のごとく選択される手法であるが、進捗する側と進捗される側には上下関係が存在する。私は長年企業内で大きなプロジェクトをこうして進めてきたので、この方法で間違いはない。私の考えに賛同し従って欲しい。

 

いくら大企業で取締役をやろうが、だからといって居住者同士の活性化問題を企業的発想で処理しようとすれば摩擦が生ずる。もっと自身が誰とでも親しく会話ができるようになることを優先すべきかもしれない。

 

周囲からすれば会社を退職して公民館活動に参加しようとするのは歓迎するが、参加するなり自分の正しいと思うルールを押し付けるのはいい迷惑である。

 

世の中には多くの人がいて多くの考え方がある、そんな多様性を認められるようになるには副業を通じて多くの人との出会いは貴重である。

 

企業内論理には生産性の向上が常に求められる。この思考は人を機械のように行動することを良しとするところがあるが、感情のある人は快適さに重点を置く。人間らしく心豊かに生活するためにこれまでなかった時間を有効に使いたい。

 

残業が少なくなり収入が減ったならば、この際ライフプランを見直し無駄遣いをなくし、これまで経験した事のないまたお金基準ではない豊かさを求めて働いてみたい。

 

 

 

長野日報土曜コラム 令和1年5月25日掲載

 

 

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