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104 理なる幸せを求める

感覚的な幸せ

 

高遠といえば全国的に知られた桜の名所である。関東や中京地区から多くの観光客がバスを連ねてやってくる。日頃は閑散とした街が桜の季節だけは人が溢れている。

桜の見頃はたった 2 週間である。地元ではもう少し長く咲いていてくれたらと商売に携わる人は思うかもしれない。しかし一般家庭の軒先を観光客がいつまでも歩いていたら住民は落ち着かない。渋滞にはまって買い物にも自由に出かけられない。

 

高遠の桜が満開の時には、空が微かに見えるくらいに桜で覆いつくされる。また遠くに見える雪を被ったアルプスの山々を背景にした桜はいつ見ても感動を覚える。

観光地はこのような視覚的な感動により幸福感を与えてくれる。その幸福感を得ようと全国から多くの人が訪れる。中には東北、中国地方の車もあるが、相当の時間をかけて年に 1 回しか見られない桜求めてやってくる。

 

幸福感は視覚だけでなく聴覚、味覚、嗅覚、触覚からも感じられる。心地よい音色、芳しい香り、美味しい食べ物等は人を幸せにしてくれる。この店は美味しいと評判になれば何時間にも及ぶ行列が出来る。

人は幸せを求めて全国、全世界を旅する。

幸福感は人の欲求が充たされることにより得られる。欲求には 5 段階あり生理的、安全、帰属等は人以外の動物も持っている欲求であり、これらが充たされると感覚的な幸せが得られる。感覚的な幸せは他から得ることも出来る。運動する、瞑想する、ボランティア活動する、声を上げて笑うなどである。

 

このような感覚的な幸せは誰でも簡単に得ることが出来る。人は幸せを求めて生きているとすれば、どうして小学校から大学まで 16 年間という長い時間をかけて勉強するのだろうか。

感覚的な幸せを得るのに勉強により得た知識はさほど必要はないと思われる。さらに社会人に成っても研修や勉強は続く。このような努力の先にある幸せとはどんなものだろうか。

 

末は博士か大臣か

 

現在の小中学生男子の将来なりたい職業は、野球選手、サッカー選手、先生であるが、かつては将来嘱望される子供の職業として「末は博士か大臣か」といわれていた。

博士になるには大学卒業後大学院に進み博士課程を経ていくつもの論文を作成し、高度な研究能力があると認められ初めて取得できる。永年の苦労と論文審査会の厳しい目を越えた先の輝かしい栄誉である。

 

一方大臣は選挙を経て国会議員となり、当選を重ねやがて政務官、副大臣、大臣になるケースが多い。

民間の学識経験者が大臣になる場合もあるが少数派である。

どちらにしても決して容易に成れる職業ではないが、多くの人に支持され厳しいハードルをいくつも越えなければならないことは共通している。実際になったら本人にとっては苦労が報われて本当に栄誉である。

 

多くの人に評価され支持を受ける事の幸せは感覚的な幸せと異なり「尊厳・賞賛の欲求」の充足に起因する。

他人の評価は感覚的なものではなく、理性を持って論理的考察の下で判断される。数多くある評価対象の中から最も優れているものに「賞」が与えられる。「賞」という名が付くものは数多い。ノーベル賞、アカデミー賞、直木賞・芥川賞などはよく知られている。

(皐月賞・菊花賞という賞もある)それぞれの団体、業界、組織等で最も高い評価を得たものに与えている。

 

当事者本人は自分の位置がどこにあるのか分からないものだが、他人の評価で自分の位置を確認することが出来る。他人からの賞賛は高く評価された結果であり、自分自身の存在を認識することになる。この喜びはこの上ない幸せに通ずる。人の評価による幸せは大臣、博士、賞に表れるものに限らない。会社内で提案した企画が採用される、資格を取得する、組織内で代表者に推薦されるなども同様である。

 

長い時間と努力を重ねて得ようとする幸せは、社会に貢献して認められたい、自分の存在を確認したいという欲求から生まれてくるのだろう。

 

自己実現という幸せ

 

心理学者マズローの欲求 5 段階説によれば 5 段階目に当たる欲求は「自己実現の欲求」である。これまでの4段階の欲求が充たされてもさらに高度な欲求が芽生えるといわれている。これが充たされるなら人として最高の幸せを

感じるだろう。

新卒者の採用面接試験に「あなたがこの会社で実現したいことは何でしょうか」と質問がされる。会社の仕組み、仕事、形態を経験していない新卒者に対して酷な質問である。会社案内やホームページから企業方針に沿った回答が関の山だろう。

 

新卒者に自己実現を求めても感覚的な思い込みを述べるに過ぎず、自己の概念にこだわる者は理想と現実のギャップに嫌気が差し早期に会社を辞めるかもしれない。

自己主張にこだわるより先輩や上司、取引先の要望を叶えようとする「他己実現」を優先したほうがよいといわれている。他者の求めに応ずる中で自分のやりたい仕事を見つけていくことも出来るだろう。

 

真に自己実現を果たそうとすると矛盾と葛藤に出会うかもしれない。自己が成し遂げようとするところに生理的、安全、帰属等の欲求の放棄を求められることがあるからだ。身の危険を顧みず自己実現を成し遂げるには相当の勇気と決断が必要となる。

 

身の安全を確保する欲求は人に限らず動物にも備わった基本的システムなので、そこまでリスクを取って自己実現した先の幸せはこれまでの 4 つの欲求充足とは格段に異なるものだろう。

心理学の教本に自己実現を達成した人の特徴が紹介されていた。

 

1. 現実を効果的に捉え、あいまいさに耐えることが出来る2. 自分や他者をあるがままに受容できる

3. 思考や行動が自発的である

4. 自己中心的であるよりむしろ問題中心的である

5. ユーモアのセンスがある

6. 非常に創造的である

7. 無理に型を破ろうとはしていないが、文化に順応させようとする力には抵抗する

8. 人の幸福には関心がある

9. 人生の基本的な経験に対して深い理解をもつことが出来る

10. 多くの人とよりは、むしろ少数の人と深く充実した人間関係を築いている

11. 人生を客観的な見地から見ることが出来る

 

心理学者マズローの欲求は5段階あると思っていたところ、実は晩年になって 6段階目の欲求「自己超越」を紹介していた。これはなんともスピリチュアルな世界でイメージも出来ない。悟りの境地みたいなものだろうか。

 

努力と苦労は幸せのため

 

感覚的な幸せは五感を充足すればある程度得られるだろう。しかし人の欲求はさらに高度なものに向かっていく。他人に認められたい、集団の中で一番になりたいと思えば人一倍の努力が求められる。

 

そこで得られる幸福感はその場に立った者しか分からないかもしれない。努力や苦労が報われた瞬間である。

この幸福感は自分の自信となり、さらに高みを目指して進む原動力になっていく。自身の進化に伴い進むべき方向が見え、苦労を苦労とは思わなくなるだろう。

 

自分しか出来ないと気づけば夢中で取り組むことが出来る。自己の成長欲求に一旦火がつけば留まることを忘れる。感覚的な幸せと異なり終わることのない興奮状態に入るかもしれない。こんな状態に成れれば本当に幸せだろう。

世に名を残した人は取り組んだ仕事におそらく夢中になっていただろう。仕事でも趣味でも夢中になれることがある人は幸せに違いない。

 

長野日報土曜コラム 平成 27 年 4 月 25 日掲載

有限会社テヅカプラニング 手塚英雄

 

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